江戸流手打ちそば二・八の会理事  松本 明

健康で長生きしたい、この願望を叶えそうな一つが長寿遺伝子と呼ばれるサーチュイン
遺伝子の発見である。サーチュイン遺伝子の指令によって作られるサーチュイン蛋白質
は抗酸化作用や代謝の促進など細胞の老化を抑制するいろいろな効果をもつと言われ、
その結果寿命が延びると考えられている。

サーチュインはカロリー制限(飢餓状態)で活性化することが分かっているが、それは
日常生活では現実的でない。そこで飢餓状態にしないでサーチュインを活性化する因子
の探索が始まり、レスベラトロールがその嚆矢となった。赤ワイン、ベリー類、ピー
ナッツ等に含まれているレスベラトロールはポリフェノール類に属している。それは
サーチュインの一員であるサーチュイン1(SIRT1)を活性化してエネルギー代謝を
進し、細胞内の活性酸素を除去して細胞の劣化を防いでいることが分かった。
レスベラトロールは加齢によって低下したネズミの学習能力や記憶能力を改善すると
いう報告もある。そば粉入りの餌を食べたネズミのSIRT1量が増加していたことから、
ポリフェノールの一種であるルチンにもこのような効果があるかもしれない。

一方、ビタミンB3による老化防止の研究も進んでいる。サーチュイン研究の第一人者
である今井眞一郎ワシントン大学教授の「元気で長生きの秘訣」に関する記事(21
8日付日経電子版の「ライフ」)によると、SIRT1の活性化にはビタミンB3が重要な
役割を果たしている。ビタミンB3(ニコチンアミド)は細胞内でニコチンアミドモノ
ヌクレオチド(NMN)を経て, ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)に
なる。このNAD+がSIRT1を活性化して細胞の若返りに貢献しているのである。NMN
のサプリが市販されていることからもNAD+のアンチエイジングへの人々の希求が推し
量られる。ところで、そば粉(全粒粉)100g当りのビタミンB3含有量は4.5mgで、米
(精白米)1.4mg、小麦粉(中力粉)0.7mgより多い。これはそば粉が食材として注目
を集めるポイントとなる。

ビタミンB3について以下のような興味ある報告がある。筋萎縮性側索硬化症(ALS
モデルマウスの腸内にアッカーマンムシニフィラ(AM)という腸内細菌が生育して
いるとALSの症状が軽減するという。腸内細菌AMがビタミンB3を作り、これが血流
に乗って脳や脊髄に至って運動ニューロンを保護しているらしい。SIRT1とレスベラ
トロールがALSモデルマウスで神経細胞の生存に効果を発揮しているので、ビタミン
B3の神経保護作用もSIRT1の活性化を介しているのではないか。 蕎麦に含まれる食物
繊維が腸内細菌叢の生育環境を整え、ビタミンB3が運動ニューロンを保護していると
いう可能性が考えられる。

「そばを打って蕎麦を食べ、元気に長生き」、ただし老害には注意しよう!

参考書

長寿遺伝子が寿命を延ばす(NHK出版、2011

長寿遺伝子を鍛える(新潮文庫、2012

LIFESPAN(ライフスパン):老いなき世界(東洋経済新報社、2020